2005年06月20日

こくれんとがっきゅうかい

ここで、気になるエントリ発見。

この問題は、個人がブログで書き殴っただけでも
あちこちから(知らないところからも含めて)異常なまでの反応が
来る可能性があるため、かなり自分なりに冷静に公平に、かつぼかしながら
ちょっと僕が思うところを書いてみようと思います。

C国が何故Y神社参拝に拒絶反応を起こすのか。
しかも戦後すぐではなく、10年前から急に言うようになったのか。
反J運動は何故起きているのか。
どうして日本は曖昧な態度を示し続けるのか。


彼のブログには、日本の外交政策に問題があると書きました。
外交とは一体何か。

ここで、例え話を出してみようと思います。
みなさんは、子供の頃ケンカしたことありますか?
なに、強いヤツに守って貰ってたからしたことないとか?
弱いと判っていて何も考えずにケンカしてボコボコにされたとか?
オレ強かったから有無を言わさず言うことを聞かせてたとか?

どんなに自分が正しいと思っていても、相手の力が強くて
ボコボコにされたら負けですよね。言うことを聞かなくてはいけません。
どこかで覚えた「勝てば官軍、負ければ賊軍」なんてよく言ったモノです。

僕は小さい頃(今もだけど)そんなに力が強い方ではありませんでした。
だからまともにケンカしたら負けるのは自明の理。
どうしたかというと、強い人と仲良くなることを覚えました。
あれっ?何かこの構図、どこかで見たことあるような?

ただ、その強い人と遊んでいても時々主張が異なることがあります。
強い人が無理難題言ってくることもあります。
主張が異なるときは、なるべく下手に、だけども冷静に話し合いで
すませようとしていました。
「うんうん、そうだよねぇ。だけど、こういうのもあるんだよねー」
みたいな感じで。
無理難題をしつこく言ってくる人には、距離を置くようになりました。
親しく付き合っていても自分にメリットないからです。

もちろん、子供の世界では最終的には親や先生がとりもってくれたりして
例え強い子が我が儘押し通していても「アンタが悪い!」と言って
叱りつけたりしていましたけどね。
だけど、当の本人にとっては告げ口したー!とかなって
仕返しされるのが恐くて、親とかに告げ口しにくくかったような。

何となく、見えてきませんか?
それは子供の話だろ?というのは、分かります。
現実の大人の世界として、ケンカが云々なんてのはまずありえません。
基本的には悪いコトしたら罰が与えられます。
だから理性が働いて今の社会が成り立っている訳です。

ただ、これには前提条件があります。
それは、日本という国は警察に守られているからなのです。
法律というものを作り、それに照らし合わせて相手が強いか弱いかに
関わらず、悪ければ罰することができるから
それはやめようという理性が働いて成り立っているのです。

翻って地球全体ではどうなのか。
世界規模の警察というものはありません。
世界規模の法律というものもありません。
世界規模で裁く場所もありません。

つまり、自分が正しいからといって、それを証明することを
主張しても無意味なのです。子供レベルと一緒。

あ、「警察らしきもの」はあります。インターポールですかね。
でも、これは強制力全くありません。
「世界規模の法律」らしきものもあります。国際法ですかね。
でも、これも強制力はなく、あくまで「努力目標」です。
「世界規模の裁く場所」、これは国際司法裁判所でしょうか。
でも、これさえも判決の強制力は全くありません。

国連というものがあります。これは「政府」ではありません。
子供の世界でいう「学級会」みたいなものです。
地球という「クラス」にいる生徒(各国)が集まって
みんなで話し合ってとりきめをする場所なのです。
個人個人にはそれぞれ思惑があって、なるべく自分の有利になるように
話を持っていったりもします。
学級委員は拒否権があったりもします(安保理)

その学級会では誰かが守ってくれる訳ではありません。
自分にとって理不尽なことでも、法律に照らし合わせても?と思うことでも
決まったことは守ろうとはしますが、たまーにガキ大将が
外れた行動をしたりもします。その場合、学級会で糾弾することはあっても
罰することはできません。

ましてや個人と個人で起こった問題を学級会で
とりあげることなんてありません。
(そんなことやってたら日が暮れてしまいますし、他の人は関係ないし)

その「個人と個人でおこる問題を解決する」のが
外交であるといっても過言ではないと思います。
話し合いをし、それでも解決できなければ学級会の議題としてあげてみたり。
場合によってはケンカも辞さない。
学級会で取り上げてみたら多数決で相手が悪ければ糾弾するけれども
ガキ大将みたいなヤツにはまったく意味をなさなかったり。

・・・という前提を、外交を考えるときに
まず覚えておいた方がいいと思います。


PS:あかん、飲みながら書いているので
途中で何を書きたいのか分からなくなった_| ̄|○

posted by mu at 23:42| 東京 🌁| Comment(6) | TrackBack(1) | アーカイブ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
気になるコメントを書いたそら。です(名乗るな)
学級会と子供の喧嘩と外交。うーん、分かりやすい。そういや、外交をしっかりせにゃあかん!なんて僕も思ったのですが、外交ってそもそも何よ。世界中の国同士、交流の仕方は数多あれど。。。そもそも外交って、何だ?そう思っていたら、分かりやすく教えてもらえました。
日本は学級委員になれるのでしょうかね。うーむ。学級委員になって、良いことばかりなのかなあ。。。学級委員も9人(7人?)に増えたら、学級委員の学級委員が出来ちゃったりして。。。なんて妄想したのでした(汗
Posted by そら。 at 2005年06月21日 02:09
うん。だからまず何を?って、相手のことを知ることと立場と利害を知った上で、自分のとこの主張と折り合いつけることなんだよねぇ。。。
結局、わがまま言っちゃったもん勝ち、みたいな、「それを言っちゃあおしまいよ」的な・・・。
そういう感覚がしてしまうけれど、それってなんかなめられてるからじゃ?(;・∀・)とかも思うわけで。。。ハイ。
Posted by たいこ at 2005年06月21日 12:22
(--)(__)ウンウンよく解りますよ。

本当にDiplomacyって難しいですね。

19世紀の外務大臣の例にすると、泣きの米フランクリン、ひたすらわめく奥メッテルニッヒ、自国の機密を他国に売って私腹肥やしながらも国の存在だけは守り通す仏タレイランなど日本はどうしたらエエのでしょうかね(^_^;)?


Posted by セリ摘み王キモト at 2005年06月21日 13:01
とはいえ、他を否定する人間(国)はやがては自身(自国)が批判の的となる法則があるような気がします。

ある意味幼稚かも・・・なんていったら怒られてしまいますが、ぶっちゃけ、そう思います。

それが外交ですか・・・
Posted by へっぽこ農夫 at 2005年06月21日 22:31
>>そら。さん
うん、ビビっと引っかかったので
思い切って書いてみました。
主張の出来ない日本に学級委員が出来るのか不安です。

>>たいこさん
わがまま言ったもん勝ち、それが正しいかどうかは別として
結局統制する機関のない世界だから致し方ないのかもしれません。
なめられたもん負けです。

>>キモトさん
19世紀はもっとドロドロしていて、この国も
きったはったやっていたもんです。
国際連盟→国際連合になって、少しはマシになったんでしょうかね。

>>へっぽこ農夫さん
お久しぶりです〜
他を否定している国は、別の国からも批判されていたりしますね。
だけど、それには我関せずだったりもします。
幼稚だとか大人だとか、そういう問題ではなく
現実の国際社会とはそういうもんだという
冷静な認識が必要なんだと思います。
その中で、いかに大人の対応をしていくか。これが重要ではないかと。

また、今後もおいおい書いていきます。見捨てないでね♪
Posted by ちゃんた at 2005年06月21日 23:44
国際連盟…満場一致でないと進行しない集団でした(^_^;)。

それが国際連合になって『がっきゅういいんちょう』が幅をきかすシステムになる訳です。

果たしてこれでイイのかな?
Posted by セリ摘み王キモト at 2005年06月22日 00:49
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